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高松高等裁判所 昭和43年(ネ)157号 判決 1969年5月08日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決主文第三項を次のとおり変更する。

被控訴人西原ツルヨ同西原守同西原源同鶴岡キヨカと控訴人間において、本判決添付目録七の(一)(二)の山林(その地上にある立木を含む)および原判決添付目録九の建物が、被控訴人西原ツルヨの持分九分の三、被控訴人西原守同西原源同鶴岡キヨカの持分各九分の二の共有であることを確認する。

三  反訴原告の請求を棄却する。

四  控訴費用および反訴費用は、控訴人兼反訴原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

控訴につき、控訴人は、「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項同旨および「控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。

反訴につき、反訴原告は、「(1)反訴被告らは反訴原告に対し、金九四〇万円の支払を受けるのと引換に、本判決添付目録七の(一)(二)の山林および九の建物を明渡し、反訴被告西原ツルヨは共有持分九分の三、その余の反訴被告は各共有持分九分の二の所有権移転登記手続をせよ。(2)反訴被告西原守は反訴原告に対し、本判決添付目録八の建物を明渡し、且つ所有権移転登記手続をせよ。(3)(反訴被告西原守の本訴における原判決添付目録一ないし六の山林についての松山地方法務局昭和三九年六月二六日受付第一九五七二号の所有権移転登記の抹消登記手続の請求が容認される場合)反訴被告西原守は反訴原告に対し、右の山林についての松山地方法務局昭和三九年四月九日受付第一〇八一五号所有権移転請求権保全仮登記に基く本登記手続をせよ。(4)(右の(1)の請求が理由がない場合)反訴被告西原守は反訴原告に対し、金九四〇万円の支払を受けるのと引換に、本判決添付目録七の(一)(二)の山林および九の建物につき、その余の反訴被告らによりそれぞれその共有持分を取得した上、所有権移転登記手続をせよ。予備的に右につき履行不能の部分があるときは、右山林及び建物の共有持分九分の一につき金一六〇万円を支払え。反訴訴訟費用は反訴被告らの負担とする」旨の判決、ならびに建物明渡および金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、反訴被告ら代理人は、主文第三項同旨および「反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする」旨の判決を求めた。

第二  事実上および法律上の主張

次のとおり付加訂正するほか、原判決(当事者関係部分)の事実摘示のとおりであるから、それを引用する。

原判決四枚目裏六行目の「四、」の冒頭に「しかるに、被告三橋は、別紙目録一から六の山林(その上にある立木を含む)および同目録八の建物を買受けたと称して、原告守の所有権を争つている。」と加える。

控訴人は、当審であらたに次のとおり述べた。

(本訴関係)

(一)  訴外藤岡嘉富は、製材業を営む被控訴人西原守の商行為の代理人として、原判決添付目録記載の不動産の売買契約を締結したものである。従つて、商法第五〇五条第五〇四条の適用があり、右売買契約は金銭調達という委任の本旨に反しないから有効であり、また右藤岡が本人のためにすることを示さなかつたとしても本人たる被控訴人西原守に対してその効力を生ずる。

(二)  被控訴人西原守は、右藤岡に対して、甲第一三号証の一一の委任状、同号証の一二の委任状(「本件不動産についての一切((管理、登記その他))の権限を委任します」との記載があり、本人が署名捺印している)、印鑑証明書(同第一七号証の四)、司法書士作成の権利証の預り証、登記簿謄本等を交付し、実印を預託し、右藤岡はそれらを控訴人に呈示したのであつて、民法第一〇九条の表見代理が成立し、藤岡の行為は本人に対してその効力を生ずる。

(三)  原判決は、控訴人が藤岡を被控訴人西原守と誤信したのは過失であると指摘し、表見代理の主張を排斥している。しかし、代理人が自己の名を表示せず直接本人の氏名を表示して契約する代理行為も可能で、本人は相手方に対して履行の責に任ずべきであると共に、本件の場合、被控訴人西原守が藤岡に実印を交付し、その実印が控訴人に示されることによつて代理権授与の表示があつたことになるから、控訴人が藤岡を被控訴人西原守と誤信したかどうかは表見代理の成立に影響がなく、仮にそのように信じたことに過失があつたとしても、表見代理の成立が妨げられることになるものではない。

(四)  かりに控訴人ら先代亡西原梅五郎が原判決添付目録七の山林および九の建物を売却する代理権を被控訴人西原守に与えていなかつたとしても、少なくとも県森連に右物件を担保として提供する代理権限を与えていたものである。そして被控訴人西原守と藤岡との間に適法に代理関係が成立することはすでに述べたとおりであるから、右物件につき、西原梅五郎の代理人西原守およびその復代理人である藤岡の行為に越権行為があつたとしても、藤岡の行為の効力は直接西原梅五郎に及ぶ。

(五)  かりに右西原梅五郎と被控訴人西原守との間の代理関係が否定され、同被控訴人が全くの無権代理人であつたとしても、右梅五郎は死亡し、同被控訴人はその相続人として本人の地位を取得したので、無権代理行為は同被控訴人の持分の範囲で有効となり、控訴人もその範囲で前記の不動産の所有権を取得する。その余の被控訴人らの持分については、民法第一一七条により、被控訴人西原守において履行の責に任ずる義務があるものである。

(六)  訴外金子幸男と控訴人との関係について、原審で主張したところ(昭和三九年七月一日付の準備書面第三、第四項。原判決六枚目表三行目から九行目までに該当)を撤回し、次のとおり主張する。

被控訴人西原守が訴外金子幸男に対し本件不動産の所有名義を移転したのは虚偽表示ではなくして信託的行為であると解すべきであり、無効ではない。

控訴人は、すでに述べたように、昭和三九年三月二三日被控訴人西原守より、原判決添付目録一ないし六の山林を買受けたが、残代金支払期日である同年六月二五日、残代金九四〇万円の用意をしているのにかかわらず被控訴人西原守は所有権移転登記手続をなさず、登記名義はすでに訴外金子幸男に移つていた。そして、右同日控訴人は右金子より右山林の所有権移転登記をすることの申出を受けたので、翌二六日同人より所有権移転登記を受けたものである。ところで右は控訴人が、右六月二五日に金子との間で新規に売買契約を締結し本件不動産の所有権を取得したものではなく、同年三月二三日に控訴人と被控訴人西原守の代理人藤岡嘉富との間に締結された売買契約に基き同年六月二六日所有権移転登記を経由し、実質的所有者である控訴人が対抗要件を取得するに至つたものである。もともと控訴人は、昭和三九年四月九日に経由した所有権移転請求権保全仮登記に基いて本登記をするのが当然であつたのであるが、当時登記簿上利害の関係を有する第三者があらわれていて、仮登記に基く本登記の申請が不能の状態にあつたので、やむなく金子幸男との示談により同人から控訴人へ所有権移転登記を受けたものである。控訴人が右山林の実質的所有者であつたことは前述のとおりであり、右登記によつて対抗要件をそなえたのであるから、被控訴人西原守の登記抹消の請求は理由がない。なお控訴人が金子に交付した金一〇〇万円は本件不動産の売買代金の内金というよりは、金子幸男との示談金の性質をもつものといえよう。

かりに被控訴人西原守の訴外金子に対する行為が虚偽表示であるとしても、控訴人はその点につき善意の第三者であるからその無効をもつて控訴人には対抗し得ない。

(反訴関係)

本訴の請求原因に対する答弁で述べたとおり、反訴原告は昭和三九年三月二三日、反訴被告西原守の代理人であり、且つ一審原告亡西原梅五郎の復代理人であつた訴外藤岡嘉富から、原判決添付目録一ないし九の不動産を、代金二、〇〇〇万円で買受け、即日手付金五五〇万円を支払い、同年四月八日内金として金一〇万円を支払つた。

その他表見代理等本訴における主張は、すべて反訴においても援用する。

ところで一審原告亡西原梅五郎は本訴係属後である昭和四二年一月二〇日死亡し、反訴被告らにおいて同人を相続したが、その相続分は妻である反訴被告西原ツルヨが九分の三、子であるその余の反訴被告が各九分の二である。

原判決添付目録の各不動産の登記簿上の表示は本判決添付目録のとおりである。なお、原判決添付目録七の山林は昭和四一年一一月一八日付で本判決添付目録七の(一)(二)のとおり分筆登記せられた。

そして、本判決添付目録七の山林および九の建物は反訴被告らにおいて占有し、同目録八の建物は反訴被告西原守において占有している。

よつて、反訴請求の趣旨(1)(2)記載のとおり、買受不動産の明渡および所有権移転登記手続を命ずる判決を求める。なお右請求の趣旨(2)においては引換給付の判決を求めていないのは、本判決添付目録八の建物については、後記のような計算で代金支払が完了となつているからである。

次に、すでに述べたとおり、反訴原告は本判決添付目録一ないし六の山林について、訴外金子幸男より所有権移転登記を経由しているが、かりに右登記が適法でなく、反訴被告西原守の本訴における所有権移転登記の抹消登記手続の請求が認容されるときは、反訴原告は昭和三九年三月二三日付売買に基き反訴被告西原守に対し所有権移転登記請求権をもつているので、反訴請求の趣旨(3)記載のとおりの仮登記に基く本登記手続を命ずる判決を求める。

かりに、本判決添付目録七の(一)(二)の山林および九の建物の売買について、被控訴人ら先代西原梅五郎と被控訴人西原守との間に代理関係が成立せず、反訴請求の趣旨(1)記載の請求が排斥を免れないとすれば、次のとおり主張する。反訴被告西原守が無権代理人であつたとしても、同人と藤岡との間には代理関係が成立するから、藤岡の行為には責任を負わなければならない。そして、前記のように、同反訴被告は先代の死亡により同人の地位を承継し、無権代理行為は右不動産の共有持分九分の二の範囲で有効となつた。また同反訴被告は、無権代理人として、民法第一一七条により、売買契約の履行の責に任じなければならない。よつて、反訴請求の趣旨(4)前段記載のとおりの所有権移転登記手続の履行を命ずる判決を求め、予備的に右登記手続の履行が不能の場合は、損害賠償として、右請求の趣旨(4)後段記載のとおり、共有持分九分の一につき金一六〇万円の割合による金員の支払を命ずる判決を求める。

共有持分九分の一の履行不能による損害を金一六〇万円と算定した根拠は、次のとおりである。

すでに述べたように、反訴原告は、本判決添付目録一ないし九の不動産を金二〇〇〇万円で買受けたが、右価格は妥当なものと認められる。そして、右目録一ないし六の山林および八の建物の価格は金五六〇万円相当であり、右金額は反訴原告が反訴被告西原守の代理人藤岡嘉富に対して交付した手付金五五〇万円と内金一〇万円の合計と同額であるから、右の山林および建物の代金はすでに支払を完了していることになる。そして、前記の金二〇〇〇万円から右金五六〇万円を控除した金一四四〇万円が目録七および九の不動産の価格であるから、右不動産の売買契約の履行不能により反訴原告の蒙るべき損害は右の額と同額であり、共有持分九分の一の履行不能による損害は右の損害の九分の一である金一六〇万円である。

被控訴人兼反訴被告ら代理人は、当審であらたに次のとおり述べた。

(一)  一審原告西原梅五郎が昭和四二年一月二〇日死亡し、被控訴人らにおいて同人を相続し、その相続分は、妻である被控訴人西原ツルヨが九分の三、子であるその余の被控訴人が各九分の二であることならびに控訴人が主張する如く原判決添付目録七の山林が本判決添付目録七の(一)(二)のとおり分筆されたことは認める。そこで、控訴人は当審で原判決主文の3を申立のとおり変更することを求める。

(二)  控訴人兼反訴原告の当審における主張中、被控訴人兼反訴被告らの従前の主張の趣旨に反する部分は争う。被控訴人兼反訴被告西原守および亡西原梅五郎は、本件各不動産の売却方を訴外藤岡嘉富に依頼したことはなく、同人を代理人としたこともないのであつて、これと相反する前提に立つ控訴人兼反訴原告の主張はすべて失当である。

第三  証拠関係(省略)

理由

次のとおり付加、訂正するほか、原判決がその理由で判示しているとおりであるから、その記載を引用する。

原判決一〇枚目裏六行目の「乙第四号証」の次に「、第一二号証」を加え、九行目の「甲第五号証の一、」の次に「乙第一四号証」を加える。

控訴人の当審における主張、本訴関係の(一)について。

被控訴人西原守が訴外藤岡嘉富に対して原判決添付目録一ないし七の山林を担保に金一五〇〇万円を借用する代理権を与えていたことは、被控訴人らの自認するところである。そして、控訴人主張のごとく、かりに右の金員借用行為が商行為であるとしても、原判決一一枚目裏一〇行目から末行目までに掲げてある証拠および成立に争のない乙第一四号証を綜合すれば、被控訴人西原守は右山林を売却する意思が全くなかつたことおよび右藤岡はそのことを熟知しながらあえて右山林を売却したことが認められ、藤岡の行為は委任の本旨に反していることが明らかであるから、商法第五〇五条の適用をいう控訴人の主張は失当である。また同法五〇四条は、商行為について代理権を有していた者が本人のためにすることを示さずして行為した場合に関するもので、本件の場合は、藤岡はそもそも前記の山林を他へ売却する代理権を有しなかつたのであるから、右規定の適用は全く問題になり得ない。控訴人の主張はいずれも採用できない。

同じく(二)について。

しかし、原判決が認定しているように、被控訴人西原守は、藤岡に対して委任状(甲一三号証の一一のうち一枚目の分)、白紙委任状(同号証の一二)および印鑑証明書を交付し、後には司法書士作成の権利証預り証および実印を預けたが、藤岡は売買契約を締結する際自己を代理人として表示せず、むしろ本人自身であるかの如き態度をとり、従つて右の各委任状を控訴人に示さなかつたものであるから、白紙委任状の交付による代理権付与の表示をいう控訴人の主張は失当である。ただしかし、藤岡は控訴人に対して右の実印、印鑑証明書および権利証預り証を示しており、このことと藤岡の前記の態度等が原因となつて、控訴人は藤岡を被控訴人西原守本人であると信ずるに至つたものである。ところで、かりに実印その他前記の書類を預ける行為(および無権代理人がそれらを相手方に示す行為)が包括的な代理権付与の表示行為に該当し、かつ表見代理の規定が無権限者が自己を代理人と表示せず本人自身であるものの如く行為した場合にも類推適用されるべきであるとしても、原判決が判断しているように、控訴人が藤岡を被控訴人西原守と信じたことには過失があつたと認めるべきである。よつて民法第一〇九条の表見代理の主張も採用できない。

同じく(三)について。

この点についての控訴人の主張の趣旨は少しく分明でなく、法律論の域を出ないが、控訴人が力説しているところであるので判断する。控訴人主張のように、代理人が自己を代理人として表示せず直接本人として行為する形態の代理行為が可能であり、そのような代理形態においても表見代理が成立し得るからといつて、その表見代理の成立に相手方の無過失が要件とならないという法理は発見し難い。そもそも過失によつて代理権限を信じた者まで保護する必要はないから、表見代理の成立にはすべて相手方の無過失を要件とすべく、無権限者が本人自身であるもののように行為し、その行為について表見代理の成否が問題となる場合は、相手方の過失の有無は、無権限者を本人と信じた点につき論ずべきは当然であろう。控訴人の主張するところに従えば、無権限者が代理人として行為した場合は、相手方はその代理権限を信じた点についての過失の有無を問題にされるが、無権限者が本人として行為した場合は、相手方は一切過失の有無を問責されないという結果を来たすのであつて、失当であることが明らかである。そして本件の場合、控訴人が訴外藤岡を被控訴人西原守本人であると信じた点に過失があつたと認むべきこと前記のとおりである。

同じく(四)について。

本件の売買の意思表示は訴外藤岡嘉富と控訴人との間でなされているのであつて、控訴人の主張によれば、右藤岡は亡西原梅五郎の代理人であつた被控訴人西原守の代理人(亡西原梅五郎の復代理人)であるというのである。そして、被控訴人西原守と右藤岡との間に本件売買についての代理関係も成立しないし、また表見代理の適用もないこと前判断のとおりであるから、右藤岡の行為の効力が西原梅五郎に及ばないこと当然であつて、被控訴人西原守と西原梅五郎との間の代理関係の成否を論ずるまでもない。

同じく(五)について。

無権代理人が本人を相続すれば、その相続した持分の範囲内で無権代理行為は有効となるものであるけれども、本件の場合被控訴人西原守と訴外藤岡との間に代理関係が成立しないから、被控訴人西原守は無権代理行為そのものをしておらないことになるのである。従つて、被控訴人西原守の持分の範囲で本件売買行為が有効となるという理はなく、また被控訴人西原守が民法第一一七条による責任を負担すべき限りでもない。

同じく(六)について。

原判決理由の(金子・被告三橋間の売買)とある項(原判決一四枚目裏八行目より一七枚目表一行目まで)を削除し、次のとおり付加する。

控訴人の当審における主張((六)の主張)によれば、訴外金子幸男と控訴人との間には売買は存在せず、従前の被控訴人西原守と控訴人との間の売買による結果に符合させるよう登記名義を金子より控訴人に移転したというのである。そうすると、実体上の所有権移転の原因は被控訴人西原守と控訴人との間にのみ存し、金子幸男と控訴人との間には存しないこととなるところ、被控訴人西原守の控訴人との間に売買が成立していないことすでに判断したとおりであるから、控訴人は原判決添付目録一ないし六の山林について実体上所有権を取得しておらないことになるのである。

そればかりではなく、成立に争のない甲第八号証の三、同第一五号証、証人川上寛の証言によつて成立を認め得る乙第六号証、証人川上寛同古田政夫の各証言、被控訴人西原守、控訴人三橋春男、一審被告金子幸男(分離前)、同高井久夫の原審における各供述ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

被控訴人西原守は、藤岡が委任の範囲を超えて、昭和三九年三月二三日原判決添付目録一ないし六の山林その他を控訴人に売渡し、同年四月九日右山林について控訴人のため所有権移転請求権保全の仮登記が経由されたことを知つたので、その対抗策を訴外古田政夫に相談した結果、古田の友人である訴外金子幸男に右山林を売渡したことにして同人名義に所有権移転登記を経由することにし、右金子の承諾を得た上、同年四月二八日原判決添付目録一ないし五の山林について(登記原因は四月二五日売買)、同年五月二日同目録六の山林について(登記原因は四月三〇日売買)、それぞれ所有権移転登記を経由した(仮装の売買であつたので代金の授受はなかつた)。ところが右金子は間もなく被控訴人西原守を裏切るような態度をとるに至つたので、同被控訴人は同年五月二一日控訴人、右金子幸男、高井久夫(一審被告)の三名を相どつて本件の訴訟を起したが、その訴状には被控訴人西原守と金子との間の売買は通謀虚偽表示である旨記載した。

同年六月二五日控訴人は、右金子や高井等と訴訟に対する対策を協議し、乙第六号証の契約書を作成した。控訴人は、被控訴人西原守と金子との間の売買は自己に対抗するための仮装の売買であると認識していたが、現実に金子が登記名義を有している以上これを無視することはできないし、自己の権利を確保するためには何よりも右山林について登記名義(本登記の名義)を取得することが必要であると判断し、金子より売買名義で所有権移転登記を受け、その代償として同人に金一〇〇万円を与えることとした。金子は、藤岡と控訴人との間で同年三月二三日に締結された売買契約によつて控訴人が右山林の所有者となつたことを承認し、翌六月二六日右山林について便宜六月二五日売買なる登記原因を掲げて所有権移転登記を経由した。

以上のとおり認めることができる。乙第六号証の契約書の第五、六項によると、金子が控訴人に対して右山林を金一〇四〇万円で売り渡す旨および控訴人は金子に対して契約と同時に内金一〇〇万円を支払い、残代金は、本訴における被控訴人敗訴の判決確定後に優先抵当債権を弁済して余剰があれば支払う旨の記載があり、これによれば、金子より控訴人に右山林が売渡されたもののように見えないでもない。しかし、右契約書の他の部分には右と相容れないような文言が存在するのみならず、関係者の供述によると、右の金一〇〇万円は売買代金の内金というような趣旨で授受されたものでないこと、金子は右の金一〇〇万円以外には控訴人に対して何ら金員を請求できないことを承知していたこと、前記の金一〇四〇万円という金額は右の金一〇〇万円と控訴人が従前の売買により被控訴人西原守に支払うべき残金九四〇万円との合計であつて(これは乙第六号証の記載からも明らかである)、その金九四〇万円は被控訴人西原守に対して支払われることが了解されていたこと、等が明らかに認められるから、前記の第五、六項は契約の趣旨に合致した記載とは認められない。むしろ書面全体の趣旨、従前よりの経緯、前記の各証言、供述および弁論の全趣旨を綜合すれば、前記のように認定することができる。

してみると、金子幸男より控訴人に対し所有権移転登記が経由される際、控訴人は、被控訴人西原守と金子との売買が通謀虚偽表示であることについて悪意であつたばかりでなく、金子と控訴人との間には実体上の所有権移転行為がなかつたといわなければならない。

以上の次第であるから、被控訴人西原守の控訴人に対する原判決添付目録一ないし六の山林(その上にある立木を含む)および八の建物の所有権確認の請求、一審原告西原梅五郎の控訴人に対する右目録七の山林(その上にある立木を含む)および九の建物の所有権確認の請求、被控訴人西原守の控訴人に対する右目録一ないし六の山林についての松山地方法務局昭和三九年四月九日受付第一〇八一五号の所有権移転請求権保全の仮登記および同法務局同年六月二六日受付第一九五七二号の所有権移転登記の各抹消登記手続の請求は、すべて理由があり、認容されるべきである。原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。

ところで、原判決は、その主文第三項において、「原告西原梅五郎と被告三橋春男間において、別紙目録七の山林、その上にある立木および同目録九の建物が同原告の所有であることを確認する」としているが、右西原梅五郎が昭和四二年一月二〇日死亡し、被控訴人らにおいて同人を相続し、その相続分は、妻である被控訴人西原ツルヨが九分の三、子であるその余の被控訴人が各九分の二であることおよび原判決添付目録七の山林が昭和四一年一一月一八日付で本判決添付目録七の(一)(二)のとおり分筆されたことは当事者間に争がないから、右主文を被控訴人らの申立どおりに変更することとする。

つぎに反訴について判断する。

反訴請求の趣旨(1)の請求について。

反訴被告ら先代西原梅五郎が死亡して反訴被告らが同人を相続したことおよび原判決添付目録七の山林が本判決添付目録七の(一)(二)のとおり分筆されたことは、前記のとおり当事者間に争がない。しかし、前記のように、売買契約が右西原梅五郎に対してその効力を生じなかつた以上、反訴原告が反訴被告らに対し、原判決添付目録七の山林および九の建物について明渡請求権および所有権移転登記請求権を有しないことは明白である。よつて右物件に対する反訴被告らの占有の有無その他について判断するまでもなく、反訴原告の右の請求は理由がない。

同じく(2)の請求について。

前記のように売買契約が反訴被告西原守に対してその効力を生じなかつた以上、反訴原告が原判決添付目録八の建物について明渡請求権、所有権移転登記請求権を有しないことは明白であり、右物件に対する反訴被告西原守の占有その他について判断するまでもなく、反訴原告の右の請求も理由がない。

同じく(3)の請求について。

前と同様の理由により、反訴原告は反訴被告西原守に対し、原判決添付目録一ないし六の山林について所有権移転登記請求権を有しない。本登記の前提たる仮登記そのものが実体上の原因を欠き無効であつて、抹消されるべきものであることも、本訴で判断したとおりである。よつて右の請求も理由がない。

同じく(4)の請求について。

反訴被告ら先代西原梅五郎が死亡し反訴被告西原守らが同人を相続したことは前記のとおり当事者間争がないが、前判断のように、反訴被告西原守は無権代理行為そのものをしておらないのであるから、原判決目録七の山林および九の建物の持分について、反訴原告に対し、所有権移転登記手続をする義務を負うものではない。また民法第一一七条による責任を負担するものでもないから、その余の点についてふれるまでもなく、右の請求はいずれも理由がない。

よつて反訴請求はすべて失当であり棄却を免れない。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

別紙

目録

一、松山市御幸町字御幸寺町四九一番    山林     九三二平方メートル

二、  同所       五〇一番    山林   二、九七五平方メートル

三、  同所       五〇二番    山林   四、九五八平方メートル

四、  同所       五〇三番    山林   一、四四一平方メートル

五、  同所       五〇四番一   山林  三四、六六七平方メートル

六、  同所       五〇四番二   山林     二五四平方メートル

七、(一) 同所       五〇四番三   山林   一、六七二平方メートル

(二) 同所       五〇四番五   山林   一、三〇四平方メートル

八、  同所      五〇六番地所在

家屋番号同所一三四番六

木造瓦葺平家建居宅          九八・一八平方メートル

木造トタン葺平家建作業所      一三二・九六平方メートル(この作業所は未登記)

九、  同所      五〇四番地所在

家屋番号同所一三四号

木造亜鉛葺平家建居宅         三八・一八平方メートル

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